2007年8月17日金曜日

芦屋市立美術博物館の楽しみ方

今日は芦屋市伊勢町の文化ゾーンにある「芦屋市立美術博物館」の楽しみ方を紹介します。

この美術館は芦屋市制施行50周年を記念して、1991年に開館しました。

しかしながら、阪神・淡路大震災後の芦屋市の財政難のために、休館ということも検討されましたが、現在はNPO法人 芦屋ミュージアム・マネジメントへの一部業務委託という形で運営されています。

今回はここでの4つの楽しみ方を紹介いたします。


その1 展覧会 「牧野四子吉(まきのよねきち)の世界-自然観察の愉しみ-」

牧野四子吉(1900年~1987年)は「生物生態画」というジャンルをはじめて確立した人です。
牧野は、「ファーブル昆虫記」、「ジャポニカ大日本百科事典」、「教科書」等に挿入画として多くの使われ、その生涯に約3万点の作品を描いたといわれています。
私たちも、小さいころから、牧野が描いた作品とは意識しないで、精密な動植物たちの絵を見て学び、育っていったと思います。

今回の展覧会では、実に見事な作品が1000点が展示されています。
丁寧に丁寧に描かれた作品は、一つ一つには名前がありません。
でも、それを見ていると、牧野四子吉の絵を描く姿勢が良くわかります。
生きとして生きるものへの暖かい心と緻密な観察力に深く心を打たれます。

素敵な詩がありました。
おもいで (作 牧野文子 1941年)
おもいでは花のように美しい
おもいでを花の一つとすれば
そんな花を一つでも多く
花束に集めたい
どんなに貧しくても
どんなに恵まれないでも
そんな花束を
胸に抱ける人生を
私は歩いていきたい

その2 2階のラウンジで本を読む
階段を上がると、そこにはラウンジがあります。
有名な黒のコルビジェソファーとその後ろには、
美術関係の本がおいてあります。
その本を読んだり、
静かに外の景色を見たり
また、自分で自宅から持ってきた本を読む。
深く腰をかけて、静かな環境を味わいませんか。
疲れてきたら、また絵をみて、続きの読書をしょう。

その3 小出樽重(1887年~1931年)のアトリエ(復元)を訪問する
小出は1926年(大正15年)2月に、芦屋の川西町に念願のモダンな西洋風のアトリエを作り、この芦屋を最後の住処とします。
日本人特有の「裸婦の美」をみいだし、小出はそれを苦難の末に作品として仕上げます。
その最初の作品が、妻の重子をモデルとした「裸女結髪(1926年)」です。
日本人のほのかな色気を感じさせるすばらしい作品です。複製画がこのアトリエにもおいてありますので確認してみてください。
アトリエ内には、作品の中に描かれたテーブルや椅子、ソファー、寝台、人形、等が展示され、原稿や書簡も展示され、当時の空気を感じることができます。
無料で、自由に見ることができますが、アトリエの中に入りすぎると「ブザー」が鳴りますので、注意しましょう。

その4 カフェ・ド・ルポ(憩いの場)でくつろぐ

全体の半分が窓ガラスで、そこから美術館や小出のアトリエを見ながらくつろぎましょう。
お奨めは、水出しコーヒー 氷ロック入り(¥480円)です。
アイスコーヒーですが、非常にまろやなか味です。
流石、水出しです。

しかも、氷の玉(ロック)は、そのコーヒーを凍らせたもので、味が薄くならないようにしてあります。この心遣いがうれしいですね。
朝8時30分よりモーニングが用意されています。日曜日は、朝食をここのモーニングでしませんか。美術館は10時開館ですから、十分時間はあります。

●アクセスは阪神芦屋、JR芦屋より、阪急バスで「緑町」下車、徒歩では約15分かかります。
今回訪問したときも、2時間ほどいましたが入場者は私も含めて4名でした。
けっして大きな美術館ではありません。
しかしながら、ピリッとした展示会や
戦後の抽象絵画をリードした吉原良治の具体美術協会の作品があります。
このような小さな美術館ほど、私たちのサポートを必要としています。
あなたも、この美術館で楽しんでみませんか!

合掌 山さん

2007年8月15日水曜日

川村記念美術館所蔵 巨匠と出会う名画展 1枚の絵

今回の1枚の絵は現在兵庫県立美術館で開催されている川村記念美術館所蔵の「巨匠と出会う名画展(7月28日~10月8日)」の中から、安土桃山時代の巨匠長谷川等伯(1539年~1610年)の「烏鷺(うろ)図」を紹介いたします。(クリックすると大きくなります)


川村記念美術館は大日本インキ化学工業(株)が中心となって収集していた美術品を公開する為に、1990年5月に千葉県佐倉市に開館されました。


レンブラントをはじめとして評価が高いコレクションがあることは知っていましたが、関西からは遠いのでなかなか行くことができませんでした。今回、美術館の全面改装ということで神戸で開催されたことは私にとっては非常に幸運な出来事です。


アンディ・ウォーホルの「マリリン・モンロー(1962年~)」やフランク・ステラの「恐れ知らずの愚か者(1985年)」が煌びやかに、「私の絵を見てよ!」と叫んでいる展示室を通り抜けると、「日本美術の流れ」の展示室があります。


最初に出会うのが、この長谷川等伯の「烏鷺図(屏風-六曲一双 紙本墨画 1.5m×3.5m)」です。

約400年間の時の評価にも負けない、また、現代アートにも負けない、凛とした存在感のある大人の作品です。


左には大きな松と1羽のカラス。

右側には4羽のカラスが空に戯れています。


しかし私にはこれがカラスに見えません。

遠近法を使わない空間の中に、運動している「抽象化された純粋な黒い形」にしか見えないのです。

まるで抽象絵画の世界です。

先日京都の相国寺で「伊藤若冲の動植綵絵」を見ましたが、
それはまばゆいばかりの生命の輝き、
さらに、それを超えて生きしもののエロチズムさえ感じる作品の数々でした。

若冲と比較すると等伯は、人間の情感よりも「純粋な美の形」を追求した画家です。
これが400年前の作品であるとは、長谷川等伯のすごさを感じる作品です。

残念ながら、この作品は8月21日までの展示です。

早めにいかれることをお勧めします。

なお、ここでこの美術館を安く利用する方法を紹介します。

それは兵庫県立美術館の「友の会 会員」になることです。
そうすると「展示会」の券が3枚と常設展示1年間無料の特典が2000円で獲得することができます。

最近の観覧料金は千円以上ですので、2回以上いけば元が取れる方法です!

最後に美術館の周りを散歩していたら、ヘンリー・ムーアの「ゴスラーの戦士(1973~4)」のブロンズ像がひっそりとおいてありました。


合掌 山さん

2007年8月6日月曜日

アルフォンス・ミュシャ館 1枚の絵

<スラブ叙事詩>展のポスター 1928年 カラーリトグラフ (絵をクリックすると拡大します)

アールヌーヴォーの主役から降りたムハ(ミュシャ)は、芸術を通じてスラブ民族の団結に貢献するという生きる原点に立ち返り、本当に心の底から描きたいもの-魂の絵 すなわちスラブ民族の油彩による歴史画の制作に取り掛かります。

約18年の年月をかけて、1928年、「スラブ叙事詩―絵で見るスラブの歴史 超大作20作品」が完成します。

これらの20作品は、残念ながら、現在日本にはなく、チェコのモラフスキー・クルムロフ城にあります。

しかしながら、この「アルフォンス・ミュシャ館」には、「スラブ叙事詩」の出発点となった「ハーモニー」とこの展示会のポスターがあります。
特に、「ハーモニー」を見ると、ドイツ劇場で受け取りを拒否されましたが、スラブ民族の調和を願うムハの心が本当によくわかる作品です。

そうして、今回の1枚の絵は「スラブ叙事詩20作品」の展示会のポスターを紹介します。

天使の楽器ハープを奏でているのは、娘の「ヤロスラヴァ」です。

ムハはどのような思いをハープの音に託したのでしょうか?
おそらくそれはスラブ民族の調和と発展の歌なのでしょう。

ヤロスラヴァの後ろには、過去・現在・未来の顔をもつ希望の神となった
青い「スヴャトヴィートSventovit」が力強く、娘の「ヤロスラヴァ」とスラブ民族を見守っています。
右手に酒を満たした牡牛の角を持っていますので、
「スラブ叙事詩」の完成に、祝杯を挙げているのかもしれません。

このポスターはアールヌーヴォー時代の極端にデザインされた形から、
素朴で正確なデッサンに裏づけされたムハの確かな技術がここにはあります。

アールヌーヴォーのミュシャしか知らなかった私にとって、
歴史の大波に流されながらも、
自分の信じる芸術を描き続けた一人の魂にいつでも出会える場所
それが、この館です。


合掌 山さん

2007年7月31日火曜日

堺市立文化館 アルフォンス・ミュシャ館の楽しみ方


今回は堺市にある「アルフォンス・ミュシャ館」の楽しみ方を紹介します。

この館は、ミュシャの有力コレクターであった故土井君雄のコレクションの寄贈を受け、ミュシャだけを展示している1994年に建てられた「世界に誇るきらりと光る美術館」です。

現在は、ミュシャ(1860~1939)の「生涯と作品(7月14日~10月8日)」というテーマで、5つのジャンルに沿って作品が展示されています。


商業広告デザイナーとしてのミュシャの出発から、有名なアール・ヌーヴォー(新しい芸術)の演劇ポスター、志をもって祖国チェコに帰国し、その地で画家として活動した作品が眩いほどに86点が展示されています。

同時に3Fには、与謝野晶子文芸館も併設されています。

ここでの楽しみ方は、ひたすら「ミュシャ」を味わうことにつきます!
そのほかの楽しみ方はなにもありません。レストランもコンサートもありません。
ミュシャ、ミュシャ、ミュシャ、ミュシャの世界だけです。

それがいいのです。
19世紀末パリの煌びやかなパリの空気を十分に感じることができます。

そうして、この美術館を作った「ミュシャと息子のジリ、土居君雄」の情熱を
感じることができる、熱い館です。

それでは、展示の沿ってミュシャの軌跡をたどります。
(なお、絵や写真はクリックすると大きくなります)


その1 商業広告デザイン
当時、経済の発展とそれに伴う宣伝の必要性とカラーリトグラフ技術の進歩で、素晴らしいデザインのポスターが大量生産できる時代になりました。
そのような背景の中で、ミュシャは華々しく登場してきたのです。

左の絵ポスターは、ミュシャがアールヌーヴォーの旗手として活躍していた全盛期の「紙巻タバコ用紙(JOB社)(1897年)」のポスターです。

艶やかでうっとりしている女性の表情と植物の根ような巻き髪。そうして右手に持つ煙草と天女の羽衣のような煙。

百年の月日が経った今でも、古いとは思いません。生きているような髪と煙の形には新しささえ感じます。
煙草の魅力を十分に宣伝する力と芸術作品としての美しさとを兼ね備えた作品です。

その2)挿入画家の時代

1888年パリに出てきた異邦人であったミュシャは、最初、雑誌の挿入絵の仕事をして生計を支えています。
そうして次第にその才能を認められ、大手出版社の挿絵挿入画家となります。
1894年ジュディット・ゴーティエの児童文学「白い像の伝説」の挿入画で名声を獲得します。

そこには、インドやタイを舞台とした東洋的なエキゾティックな絵がかかれており、
今回は、1893年に作成した「白い像の伝説」のイラスト(水彩)6点が展示されています。

当時のヨーロッパ人の東洋への憧れを感じることができる作品です。


その3)演劇ポスターの時代

1894年、クリスマスであっても働いていたミュシャに大女優のサラ・ベルナール(1844年~1923年)から幸運にもルネサンス座(劇場)のポスターの仕事が入ります。

ミュシャは劇場に行くための衣装を借り、1月の公演に間に合わせるために、たった1週間でこの作品を完成させました。それが有名な右図の「ジスモンダ(1895年)」です。

発注したサラ自身も非常にミュシャの才能を気に入り全部で7点のポスター依頼をし、この「ジスモンタ」で49歳であったサラは演劇界に君臨することができました。

街ではこのポスターの盗難があいつぎ、ミュシャは一躍時代の人となったのです。

上下に飾り文字を配置し、斜めにビザンチン風の衣装をまとわせ、頭には花冠をかぶった堂々たる美しい女性を配置したミュシャ独自の構図をここで完成させています。

私は、この作品に最初に出会ったとき、サラが何かを見つめているその目に釘付けとなりました。なにかを見つめている目ほど魅力を持っているものはありません。

当時のパリの人がこのポスターを盗んだ気持ちも、わかるような気がします。

私が尊敬している故中村天風先生が若き日に50代であったサラのパリの自宅にお世話になります。当時、27~8歳しか見えなかったと天風先生の本には書いてあります。

「お若いですな」というと「女優には年はありません」とにっこり、微笑んで答えたサラに、「この人の美しさと粋なしゃべり方に魅せられた」とあります。本当に魅力的な人であったのでしょう。
その後、天風先生は、サラから「カントの自叙伝」を読むようにとのすすめで、人生が変わっていきます。

ミュシャとサラの出会もそうであるように、不思議な運命的な出会いが人生にはあるのですね。

その4)アールヌーボーの時代

アールヌーヴォーの爛熟期にはいり、「生活環境は美しい」という考え方にもとづき、アールヌーヴォー様式が建築、家具、食器などにとりいれられます。

そのための基本的なデザインを「装飾資料集」として作成します。現在でもデザイン画として価値がある大変貴重なものです。

今回の展示では、「装飾資料集」やその習作、飾りサラ、有名なブロンズ彫刻の「ラ・ナチュール-ミュシャの息子のジリが土井君雄に依頼して購入させた」等が展示されています。

右図は飾り皿の「つた(1902年)」です。金属皿にプリントされたもので、今回は2皿展示されています。



その5)ミュシャからムハ(チェコ語の発音)へ

1908年アメリカのドイツ劇場から依頼された作品が「ハーモニー」です。

しかしながら、横4mの大作「ハーモニー」は受け入れを拒否されました。

アールヌーヴォーのミュシャをみんなは期待していたのです。
チェコ人としてのムハはスラブの神話的世界を画いたのです。

その後、75年間行方不明であったこの「ハーモニー」がシカゴで発見され、
ムハの息子のジリが土井君雄の情熱に動かされて、日本へ送付します。

今この「ハーモニー」が日本に展示されているのです。

アールヌーヴォーのミュシャとはまったく異なる作品であるために、
私も混乱しました。これがあのミュシャなのか!

1910年、50歳のミュシャは、アメリカから家族とともに故郷チェコへ帰国します。


「祖国と民族にために人として、芸術家として役に立ちたい」という考えで、
18年の年月をかけて、まったくアールヌーヴォ-とは異なった絵画手法で、
すなわち「ハーモニー」と同じ手法で、
スラブ民族の2000年の壮大な歴史超大作「スラブ叙事詩」20作品を完成させ、チェコに寄贈します。


先日テレビでこの絵を見る機会がありました。

今見ると、涙が止まらないほどすばらしいの作品です。

しかし、当時のチェコはナチスドイツに占領され、まったく評価はされませんでした。
ムハ本人も投獄され、そのために1939年なくなりました。

第2次大戦後、チェコは独立をしますが共産国として旧ソ連に占領され、
ムハの作品は同じように評価をされませんでした。

さらに、現代アートの盛んな今日において最近まで、「スラブ叙事詩」はまったく評価されませんでした。
近年やっと世界の人からこの作品は評価されつつあります。
現在は、チェコのモラフスキーのクルムロフ古城に展示されています。

皆さんも、東欧に行かれたら、この「スラブ叙事詩」に出会いませんか。
きっと、ムハやジリが喜んでくれると思います。

ムハの最後の言葉として
「人類の進歩は気温のグラフのように曲がりくねり上がってまた下がる。
道は遠い・・・しかし長い眼で見れば結局上がるのだ!」

この美術館は、「ムハとジリ そして土井君雄」の情熱が作った美術館です!


□ アルフォンス・ミュシャ館へのアクセス:JR阪南線 堺駅 徒歩3分

合掌 山さん

2007年7月22日日曜日

国立国際美術館 1枚の絵

今回の1枚の絵は、国立国際美術館のマルセル・デュシャンによる「L.H.O.O.Q.」(1919/1964年)です。


人類最高の価値ある芸術作品のひとつであるモナリザのコピーにモナリザに髭を描いて、「まあ、なんと失礼な!」とあなたは憤慨しますか?

それとも、思わず笑いますか?
それとも、「髭をつけると、ジョコンダ婦人も男性に見えるなあ」 と、面白さを感じますか?
それとも、「モナリザに髭をつけるなんて、なんてすごいやつ!」 と感心しますか?

この作品を見ているうちに、自分に向かって私は多くの質問を発するようになってしました。

・ 作品の作り手は、人間が今まで築いてきたものにただ乗りし、目に写るものを描いているだけではないのか?それは芸術的価値あるものだろうか。

・鑑賞する私は、みんなが芸術作品というから、有名だからということでその作品を価値あるものと思ってはしないだろうか。

・作品の芸術的価値は、作り手が決めるのか、それとも鑑賞者の私が決めるのか。画商が決める貨幣的価値で決まるのだろうか。それとも、長い時間なのだろうか。

・作品を作ることに価値があるのか、あるいは、私が作品の中にある芸術的価値を発見することに価値があるのだろうか。

・鑑賞者の私が、その作品を目の前において、あらゆる束縛を超えて、純粋な心で対峙することができるのだろうか?

・作り手は、自分が好むものを作ることに芸術的価値があるのだろうか。それとも、超絶技法で鑑賞者が好むものをつくることに芸術的価値があるのだろうか。

・創造性とはなんだろうか。コピーに髭をつけるデュシャンの行為に芸術的価値があるのだろうか。

・芸術作品は、キャンバス、形、色、材料、対象、空間と時間に限定されるのだろうか。

・限定されることに価値があるのだろうか。 それともそれを打ち破ることに価値があるのだろうか。

・芸術作品の完成は、何を持って完成というのだろうか。

・芸術作品とはそもそも行為(運動)の残骸ではないのか。重要なことは、作る行為やプロセスに価値があるのではないだろうか。その行為を鑑賞者の私はどうして知ることができるのだろうか。

・そもそも人間が作り出したものは、自然界が作り出したもの以上の芸術価値をもっているのだろうか。

私にとってデュシャンは、「芸術にたいする根源的な問いを投げかけつづける人」です。
この絵を見ていると、デュシャンの言葉が聞こえてきませんか。

「君にとって芸術とはなんだね?」

合掌 山さん

2007年7月19日木曜日

国立国際美術館の楽しみ方

今週は、大阪の中之島にある「国立国際美術館」の楽しみ方を紹介します。

最初は、1977年に現代美術を中心とした作品の収集・保管・展示などを目的として万国博美術館にあったのですが、2004年にシーザー・ペリアンドアソシエーツの設計で、、現在の中之島に地下型美術館としてたてられました。

地上は、ステンレスの竹林となっており、地上には美術館はありません。地下が美術館で、
地下一階は受付、レストラン、ミュージアムショップ、育児室などがあり、地下2階と3回が展示室になっています。

竹林ですから、中にかぐや姫がいるかもしれません。
入り口の1階から入り、エスカレータで地下へ行きます。

私は、勝手にかぐや姫を期待していたのですが、エスカレーターから降りたところに、やはりかぐや姫(ヘンリー・ムーアの彫刻ナイフ・エッジ)が出迎えてくれました。

では、4つの楽しみ方を紹介します。

●楽しみ方 その1

最初は、美術館そのものの空間をインスタレーションとして楽しみましょう。
ステンレスの竹林はモダンで大阪に似合わない気もしますが、それも良しです。

天に向けて羽ばたくように竹林が組まれていますので、
天使の羽のようにも見えてきます。

中に入り、エスカレータで下ると地下の大空間が出迎えてくれます。

最初は、かぐや姫ことヘンリームーアの彫刻があります。
ぐるっと周りを歩いてみましょう。
正面から見ると3.5mもあり、見上げますが、

横から見ると薄いので、ナイフ・エッジと名前がつけられたようです。
地下1階~3階まで吹き抜けの大空間があります。

そこには、つきでた場所に、椅子がありますので、
正面のジョアン・ミロの大壁画「無垢の笑い」を座ってじっくり見てみましょう。

確かに迫力はあるのですが、私には目が多くあるような気がして
私のやましい心の部分を見透かされているようで、気持ちがいい作品とは感じませんでした。

しかし、自分が好きでない作品に出会うことも、それもまた偶然の出会いです。
楽しみましょう!




●楽しみ方 その2 展示会 藤本由紀夫+/-

今回は、 先週に引き続き藤本由紀夫の作品を紹介します。

作品名は、「ブラス/マイナス」ですが、巨大な空間に、213台のBOSEの「WAVE MUSIC SYSTEM」が配置され、近づくとそれぞれの1台1台から、ビートルズの全曲(すべて異なった曲目)が聞こえてきます。

私も藤本由紀夫も1950年の生まれで、ビートルズによって音楽に目覚め、ビートルズが青春であった世代です。それぞれの曲目を聞いていると懐かしい日々を思い出します。

しかし、遠くから聴くと、すべての音が混ざり合い、
「ゴーッ」という大きなノイズ音となって聞こえてきます。 

「心地よい音楽」と「ノイズ」の同居している状態は、
私にとっては、まったく新しい経験ですので、
なかなか言語化することはできません。

私の想像を超えたこの新しい体験、やったね! 

これが私の正直な感想です。





●楽しみ方 その3 COOECTION(収集された作品の展示)

今回は、藤本由紀夫展にあわせて、抽象的な純粋性を表現した作品が展示されています。

マルセル・デュシャンの「L.H.O.O.Q.」や荒川修作の「あらゆることを忘れよ」等
61点が現在展示されています。



次回、1枚の絵でデュシャンの絵を取り上げ、
現代芸術を考えて見ます。



現代の作品は、本当に難解で、純粋に楽しむことは大変です。

その理由は、通常、芸術作品を前にして、私たちは、脳の感情システム
の大脳辺縁系で直感的に把握しようとします。

しかしながら、現代の作品は、前頭前葉で考えることー頭で考えることを
鑑賞する側に要求します。そのために、脳全体をフル回転しなくてはなりません。

脳は一生懸命に理解しようとしますが、
従来の絵画の枠を超えようとしている現代の芸術作品は簡単に理解できません。

「まあ、これもありか」と思うしかありませんが、


一方、シャーロック・ホームズのように虫眼鏡をもって、
犯人をじっくり推理していく楽しみもあります。

今年、12月18日~2008年2月11日まで、
「開館30周年記念 コレクションによる全館展示」があります。

ここで、私もシャーロックになり、現代芸術作品に出う中で、
ゆっくりと推理を楽しみたいと思います




●楽しみ方 その4 レストラン クイーン・アリス アクア



現代美術を鑑賞すると頭が非常に疲れます。
そのような時は、おいしい食事を楽しみましょう。

この美術館には、フレンチの鉄人、食と美の融合-石鍋裕シェフがプロデュースしたレストランがあります。

東京の東京国立近代美術館にも同じレストランがあり、東京は白が基調のレストランですが、

このレストランは、白と赤の2色でコーディネイトされた素敵なレストランです。


また、2ヶ月に1回、ミニコンサートも開催され、
食・美・音の三位一体の時を楽しむことができます。

入り口は、美術館からも入れますが、館外からも直接入ることができます。


営業時間は、11時~20時(火~土)、11~17時30分(日・祝日)




合掌  山さん

西宮市大谷記念美術館 1枚の絵

今回の1枚の絵は、西宮市大谷記念美術館で、現在開催されている「藤本由紀夫展」(6月30日~8月5日)から「SUGARIとBROOM」(右の写真)を紹介します。


絵画の歴史を俯瞰すると、その特徴の一つは、概念を変えるまたは拡張することにあります。


絵画は実は多くの制限の中で作成さていています。



まず、平面の2次元空間にあり、形と色というもので表現されています。印象派は色の革命であり、抽象絵画は形の革命であったと思います。


また、視覚(見る)ということが中心で、聴覚や触覚はその対象ではありませんでした。たとえば、音というものは絵画というものからは、対象としてまったく考えられていませんでした。


そうして、絵画は、ある状態の瞬間をとらえており、
動的な時間の流れを表現することはあまりありません。


最後に、作品を作る人と鑑賞する人は別れており、作品の完成は、
作り手だけができるものと考えられていました。


これらの制約を超えようとしていのが、藤本芸術の本質だと私は思います。


具体的に「SUGARIとBROOM」で見ていきましょう。



中央の台の上にあるのは、丸い筒(
オルゴールのシリンダーを

あらわしていると思いますが)
の中に、角砂糖がぎっしり入っていて、モータで筒が静かに回転しています。


傍で耳を澄まして聞いていると、時々かすかな音が「グシャ」と聞こえてきます。


周りには陶板が2段に敷きつめられています。実にきれいな色ですが、

その上を歩くと陶板が割れるのです。

「バシー」という非常に大きな音で、その瞬間は「あっ」と心で
叫びながら、びっくりします。



一度この快感を味わうと、さらに歩いて陶板を私は割りたくなりました。


そうこうするうちに、だんだんと敷きつめられた陶板は無数の割れ目ができて、
作品そのものが、変化していきます。


藤本由紀夫の作品には、形と色、音、動き、観察者の参加の各要素が
あるときはつつましく、あるときは騒がしく敷きつめられています。


この作品は、作り手の藤本由紀夫と観察者の体験や遊びを通じて
多くの人の共同の作業で完成をしていくのです。
しかも、時間の経過で、その姿は偶然にどんどん変化していきます。



ぜひ、会場では「私が藤本芸術を一緒に作るのだ!」という気持ちで、
作品で遊び、楽しみ、藤本芸術を味わいませんか。



現在藤本の展示会は4箇所で同時に開催されています。
この西宮市大谷記念館の他に、

・大阪の国立国際美術館(7月7日~9月17日)
・和歌山県立近代美術館(7月14日~9月24日)
・イタリアのビエンナーレ展


お奨めは、大阪の国立国際美術館でのアーティスト・トークで、
藤本由紀夫さんが「ビートルズの再評価」について話を9月8日される予定です。


合掌 山口